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2015年4月15日 (水)

燕市で思い出すこと

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新潟へミスミソウを見に行く花旅では、車は三条・燕というインターで高速を降り、その時の話題は、必ずといっていいほど、燕市といえば、フォークやスプーンの生産で世界的に有名な都市なんですよという話になります。

その時いつも思い出すのは、遥か昔、まだ20代後半のシカゴでの出来事。

パパさんの都合で、結婚後10日目にはシカゴで暮らしていました。懐かしい都市です。

まだ英語もそんなに上手くなく、(今でもですがね・・・)それでもこの時が人生で一番英語を勉強した時代でもあります。そんな時、ひょんなことから、シカゴのトレードセンターで見本市があって、日本の会社が来るから、ブースの店番のバイトをしない?という話になり気楽に行ったのです。

案内されたのは、それこそフォークやスプーンの並んだブース。数件並んでいたと思います。さほど、見に来る人も質問もなく、これは日本の燕市のスプーンです、なんていってればよく、かんたーーんに済んだ初日でした。

燕市は良かったのです。

話はそのあと、次の日の出来事なんです。

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今度は、Tシャツにプリントする機械の展示のブースでした。忘れもしない!!!

早く到着して、あとで通訳会社のボスが来るはずなのにまだ来てない時に、プリント会社の社長らしき人が来て、ちょっとちょっと、ちょっと待っておにいさん!じゃなくて・・・笑 ちょっとちょっとお姉さん!ちょっと来て~~と呼ばれて、あれよあれよと行った所は会議室。

そして、突然、日米間で会議が始まったのです。なにか契約に関する話らしいのです。

あの頃の私は気が小さくて・・・今思えば、ちゃんと私は会議が通訳できるほど、英語が話せませんといえばいいものの、それすら言えなくて・・・何にもいえなくて・・・一応、通訳として受けたバイトなのに、もうどうしようかと・・・ただただ小さくなってしまっていました。

会議じゃなくて、、、私は店番のバイト・・・通訳って言ったって、店番のバイトだよ・・・って、ひたすら言い訳してました、心の中で。。。

今でもあの時のどぎまぎと肩身の狭い思いは忘れもしないひどい状態でした。大体、会社の会議なんて日本語でも分からなかったんじゃないかしら・・・助かったのは、そのプリント会社が少し英語を話せる女性を同行させてらした事。その方が、その場をどうにかして下さいました。といっても、ひどかったのですがね。。。

一日が終わり、私一人残るようにと・・・社長さんに言われたのです。

当然、お叱りを受ける覚悟で残りました。

社長さんと二人でコーヒーを飲みながら、とにかく誤らなければ申しわけないと、本当にスミマセンでした。こんな英語力で通訳なんて引き受けてしまって・・・と・・・

そうしたら、社長さんの言われたこと。

今でも忘れません。

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社長さんの言葉。

それは、「何を言ってるんだよ、かしこまった会議の場に女性がいてくれてるだけで、空気が和んだんだよ。助かったよ。女性は華なんだよ。何にも気にすることは無い。本当に今日はご苦労様でした。」

そういって、何も出来なかった私に、1万円というチップを下さったのです。

私は、もう怒られるとばかり思っていたので、ぽかーーーん!

本当にもうびっくりの嬉しい出来事でした。

あの日、穴があったら何にでも入って隠れてしまいたかった、その気持ちを優しく受け止めて下さった、あの社長さんは忘れもしません。

それに言われたこと、僕なんて、学歴なくて、田舎者で、英語なんて話せなくて恥ずかしい限りだよ。ですって。。。

燕市を通るたびに思い出すあの社長さんの優しさ。

あれから35年、心の奥にまだまだ沁みてます。

相手の気持になれる人、なにげなく優しくフォローできる人

素晴らしいですね。

私もそんな人になりたいけれど、なかなかまだまだ、とてもまだまだです。

今日は、何を書こうかな・・・と新潟を思ったら、是非、あの社長さんのことが紹介したくなりました。

では

*****

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コメント

まゆりさんがシカゴでそんな経験してたんだ‼️
なんか心がほんわかしました。

投稿: かずちゃん | 2015年4月16日 (木) 21時48分

元気にしてますか?
尚子さんのダーリンとお友達になっちゃった!

投稿: まゆり | 2015年4月17日 (金) 19時33分

この記事へのコメントは終了しました。

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